Flashback Heart Attack

Million Miles Away

House Of 1,000 Pleasures

Night Crawler

Destroyer

Here It Comes

Mr. Midnight

EZO

13 rooms
EZO(イーズィーオー、1982年 - 1990年頃)は、日本のヘヴィメタルバンド。メンバー * MASAKI - 山田雅樹(Vo) * SHOYO - 飯田昌洋(G) * TARO - 高橋太郎(B) * HIRO - 本間大嗣(Dr)1982年、北海道札幌市で結成。結成当時のバンド名は「FRATVACKER」。1984年に7曲入りデモテープ『皆殺し』を発表。1985年に1stアルバム『戦争 -アクシデント-』を発表。1986年には2ndアルバム『餌 -ESA-』を発表。その後、世界規模での活動に向けて渡米。バンド名も『FLATBACKER』から『E・Z・O(イーズィーオー)』に改名し、ゲフィン・レコードと契約。なお、『EZO』の由来はメンバーの出身地である北海道の旧国名、蝦夷からである。E・Z・Oとしてのデビュー時のキャッチコピーは「隠れて何をしてたんだ!」。E・Z・O改名後の1987年に1st(FLATBACKER時代から数えれば3rdにあたる)アルバム『E・Z・O』を発表。プロデューサーにキッスのジーン・シモンズを迎える。歌舞伎を彷彿させるメイクを施し、当時アメリカでショー・コスギが忍者ブームを巻き起こしていたことに着目し『忍者メタル』として売り出す。同年、ガンズ・アンド・ローゼズとのクラブツアーも実施。1989年、隈取りメイクを落とし、アルバム「FIRE FIRE」をリリース。1990年、解散。解散後、MASAKIはLOUDNESSにボーカリストのマイク・ヴェセーラの後任として加入。HIROは1991年に浜田麻里のサポートドラマーとして依頼を受けたことで帰国。後にLOUDNESSからドラムの樋口宗孝が脱退すると、HIROが樋口の後任として加入する。2000年にLOUDNESSがオリジナル・メンバーでの復活後、MASAKIはニューヨークを拠点に現在はFiRESiGNなるバンドで女性シンガーを従え、ベーシストとして活動している。(山田雅樹の項目参照)一方でHIROはLOUDNESS時代に柴田直人と知り合ったこともあり、現在は再始動したANTHEMに参加している。EZO時代にグリーンカードを取得したSHOYOはアメリカ在住のまま第一線から退いており、TAROは現在くるりのディレクターを務めている。