Should I Stay or Should I Go - Remastered

London Calling - Remastered

Rock the Casbah - Remastered

Lost in the Supermarket - Remastered

I Fought the Law

The Guns of Brixton - Remastered

Straight to Hell - Remastered

Charlie Don't Surf - Remastered

Spanish Bombs - Remastered

The Magnificent Seven - Remastered

Rudie Can't Fail - Remastered

Brand New Cadillac - Remastered

Death or Glory - Remastered

Police & Thieves - Remastered

Clampdown - Remastered

Hateful - Remastered

The Guns of Brixton

Spanish Bombs

Jimmy Jazz - Remastered

I'm so Bored With the U.S.A. - Remastered

Police on my Back - Remastered

Rudie Can't Fail

Brand New Cadillac

(White Man) in Hammersmith Palais

Clampdown

Bankrobber

Wrong 'Em Boyo - Remastered

Train in Vain (Stand by Me)

Death or Glory

London's Burning - Remastered

The Right Profile

Safe European Home - Remastered

The Clash

13 rooms
ザ・クラッシュ(The Clash)は、1976年 - 1986年にかけて活動した、イギリス・ロンドン出身のパンク・ロックバンドである。セックス・ピストルズと並び称されるロンドン・パンクの雄でありながら、ステレオタイプのパンク・ロックの枠にとらわれず、レゲエやダブなどの音楽的要素を貪欲に吸収し、独自の個性を確立してシーンに大きな影響を与えた。 概要 最も成功したパンクバンドの一つであり、また、時代を象徴するロックバンドでもある。1stアルバムは音楽的にパンク色の強いものであったが、徐々にレゲエやダブ、ロカビリー、ジャズ、スカといった様々な音楽の要素を取り入れ、3rd『ロンドン・コーリング』を代表とするいわゆる普通のパンクサウンドとはかけ離れた、幅広い音楽性を持った傑作を生み出した。また、ステージ上での激しいパフォーマンスも人々に記憶されている。彼らはその活動当初から、音楽の才能と歌詞で他のパンク・ロックバンドとは一線を画す存在であった。特にジョー・ストラマーとミック・ジョーンズによって書かれた歌詞は、情熱的かつ左翼的政治主張を強く意識した非常に主張性、論旨性の強いものであった。彼らはデビュー当時から早くもその発言、ファッションをセンセーショナルに受け止められたバンドではあったが、それほどの後ろ盾(クラッシュにもバーニー・ローズという代表的マネージャーは存在)が無く初期は金銭面でのやりくりに苦労した(ジャケットやシューズなどの衣装が買えず、自分たちで自作していたほどだったとジョー・ストラマーは自伝で語っている)。中心人物のジョー・ストラマーは労働階級出身者の多いパンクバンドのメンバー中では珍しい中産階級出身ではあるが(父親は外交官)、バンド発足時は切り詰めた生活を送っていた。その後、クラッシュは音楽性の幅を広げ、他のパンクバンドとは一線を画した作品をリリースすることになる。3rd『ロンドン・コーリング』は今までパンクをこき下ろしてきた英の音楽批評誌にも絶賛され、4thには三枚組の意欲作『サンディニスタ!』を発表。本国だけではなく米でも次代を担うバンドの一つとしての評価を確立する。しかし、徐々にメンバー間に不協和が生まれ、まずドラマーのトッパー・ヒードンが、さらにはリード・ギタリストのミック・ジョーンズがグループをクビになってしまう。 ジョー・ストラマーとポール・シムノンは新メンバー3人を迎えた新体制で再出発を図るが、発表したアルバム『カット・ザ・クラップ』はメディア、ファン両者の支持を得られず、結局バンドは解散する。ジョー・ストラマーはソロとして活動したが、2002年12月22日にサマセット州ブルームフィールドにある自宅で心臓発作で死去。クラッシュはパンク、ロックを越えた社会運動を作り出した。ロンドンでは英連邦に所属した地域のマイノリティが貧困の中に生活していた。ジャマイカからの移民もマイノリティの一つとしてロンドン市内にコミュニティを形成していた。不況、失業、社会の不平等を音楽を通じて表現していたクラッシュは、日曜ごとに集まるカリブ系移民のコミュニティに呼応し、しばしば活動をともにした。この活動がレゲエに傾倒していくきっかけになった。労働組合活動、学生運動とともに民族的マイノリティの活動は警察権力からの弾圧を受けることがあり、クラッシュも弾圧の現場に弱者の立場としてかかわっており、このことがクラッシュの国家との対決姿勢を色濃くさせている。ロックという表現が社会の変革にあるならば、クラッシュの目指したものはそこだったと言えるだろう。彼らの代表曲のひとつである「アイ・フォート・ザ・ロウ」(オリジナルは、アメリカの伝説的なロックンローラーであるバディ・ホリーのバックバンドをつとめたクリケッツに在籍していた、ソニー・カーティス。同曲はクラッシュ以外にも様々なアーティストがカバーしている。アメリカのロック・バンド、ボビー・フラー・フォーが60年代にヒットさせたヴァージョンは特に有名)は、2003年まで日産・エクストレイルのCM曲として使われており、日本でも知名度が高い。ただし、その歌詞は「俺は法と戦った。そして(俺は負け)法が勝ったのさ」といった内容で、彼らの姿勢が端的にあらわれていると言える。 メンバー ジョー・ストラマー(ボーカル、ギター)ミック・ジョーンズ(ギター、ボーカル)ポール・シムノン(ベース)トッパー・ヒードン(ドラムス)その他のメンバー テリー・チャイムズ(ドラムス) - 最初期のメンバー。トッパー脱退後に一時復帰。1987年から1988年にかけてブラック・サバスのツアー・メンバーだったこともある。キース・レヴィン(ギター) - 最初期のメンバー。シド・ヴィシャスとフラワーズ・オブ・ロマンスというバンドを組んでいたこともあり、のちにセックス・ピストルズを脱退したジョニー・ロットン(ジョン・ライドン)とパブリック・イメージ・リミテッドを結成する。ヴィンス・ホワイト(ギター) - ミックとトッパーの脱退後に短期間加入。ニック・シェパード(ギター) - 同上。ピート・ハワード(ドラムス) - 同上。