仮面舞踏会

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少年隊

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少年隊(しょうねんたい)とは、ジャニーズ事務所に所属する日本の3人組男性グループである。リーダーは錦織一清(東山は、少年隊夢という番組内のみでのリーダーだった)。グループの愛称は「ショーネン」(発音は“笑点”のイントネーション)。メンバー錦織一清(にしきおり かずきよ、1965年5月22日 - )愛称は、ファンからは「ニッキ」、メンバーからは「ニシキ」。イメージカラーは赤植草克秀(うえくさ かつひで、1966年7月24日 - )愛称は「カッちゃん」、メンバーからは「ウエクサ」。イメージカラーは黄色東山紀之(ひがしやま のりゆき、1966年9月30日 - )愛称は「ヒガシ」。イメージカラーは黒もともとは彼等を含み、当時まだ20〜30人しか居なかったジャニーズJr.を総して「少年隊」と言っていたが、1981年10月6日からテレビ東京で始まった『ザ・ヤングベストテン』という番組のスタートに合わせ、錦織・植草・松原の3名で結成されたグループ「Bチーム」が、後に「ジャニーズ少年隊」(後述)になった。翌1982年、松原から東山にメンバーチェンジをし、現在のメンバーとなる。グループ結成当初は、田原俊彦、近藤真彦のバックダンサーとして、歌番組やコンサートへ出演していた。また、1982年6月にはレコードデビュー前であるにも関わらず、当時歌謡番組の雄として知られていたフジテレビ「夜のヒットスタジオ」にも単独のアーティストとして初出演。これ以降、夜ヒットには1985年9月の『サクセス・ストリート』まで、レコードデビューまでの間に既に10回前後単独のアーティストとしての出演実績がある。また、1982年11月には、「ハワイ音楽祭」で金賞を受賞。1984年4月2日、郵便貯金ホールにて単独ファースト・コンサートを行い、1日5回公演を行なった。同年5月、ビデオ『少年隊』を発売。その後、同ビデオ収録曲「あなたに今、Good-by」で、歌番組へ多数出演する。その後、テレビ・コンサート活動などを経て、1985年12月12日、『仮面舞踏会』でレコードデビュー。デビュー時のキャッチフレーズは「日本発、世界行」。1986年少年隊主演ミュージカルPLAYZONE開演。第37回NHK紅白歌合戦に出場。8年連続出演した。1987年、「ブロマイド」年間売上成績が第1位になる。1994年、第31回ゴールデン・アロー賞 演劇賞・グランプリ受賞。1999年、少年隊初の看板番組少年隊夢スタート。2004年、ジャニーズビッグサプライズカウントダウンライブ出演。少年隊として初出演。2005年、近藤真彦25周年記念ディナーショー、ゲストとして出演。2007年PLAYZONE(22年目)の夏で通算上演回数900回を迎えた。また、2007年公演の『PLAYZONE2007 Change2Chance』も、共演者だった赤坂晃が覚醒剤で現行犯逮捕された事により、DVD化が急遽中止となってしまった。2008年23年間続いた少年隊主演ミュージカルPLAYZONE閉幕。翌年からはジャニーズの後輩が主演。エピソード歌、ダンスなどのパフォーマンスレベルは非常に高い(特に東山のダンスは40歳を越えた現在でもジャニーズ随一である)。メンバー全員、バク転ができる。過去、近藤真彦にバク転のやり方を教えたことがある。ザ・ベストテン、歌のトップテン、夜のヒットスタジオなどの歌番組が1990年までに終了した事もあり、グループとしての活動の場が限られるようになった。そのため1991年よりソロ活動を本格化させる。近年、グループとして3人揃った活動は『PLAYZONE』以外でみることは少なくなったが、ソロとグループ活動を現在でも見事に両立させている。また、TVガイドのタレント名鑑においても、グループとしてではなく、現在活動中のシャ乱Qと同様に、個々で掲載されていたが、2010年度では再度、グループで掲載された。